6/10/2014

店員

滞在57日目。6月10日(火)の午前4時50分。

テディーズ・ビガー・バーガー(Teddy's Bigger Bergers)というハンバーガー屋がある。ハワイのバーガー屋さん。美味い。ハワイに何軒かあるみたい。ハワイ以外には,アイオワとワシントンにあるらしい。

ホノルル動物園の出入り口前,カパフル通りを挟んで向かい,ワイキキグランドホテルの1階に,一軒ある。行く度に繁盛している。カラカウア通りにはマクドナルドやバーガーキングもあるけれど,どうせ同じ値段払うんだったら,こっちの方が断然美味い。なんたってハンバーグが美味い。野菜もしっかり入ってるし。

このテディーズの店員は,このワイキキ店だけかもしれないけれど(観光客向けとして),全般的にとても丁寧で親切。カウンターでの注文の取り方も優しく丁寧だし,親切に説明してくれたりする。笑顔を絶やさない。そんな中にも無愛想な店員はいることはいるけれど(だから,そういう人は目立つけれど),基本的にホスピタリティが高い。これがバーガーの美味さを高めているかもしれない。気分が良いから。そして観光客の口コミで,評判が上がり,さらに客が来る。

クヒオ通りに,オノ・チーズ・ステーキ(Ono Cheese Steak)というサンドイッチ屋がある。ハワイのサンド屋さん。オアフ島に60軒ぐらいあるみたい。

この店の店員(女性)は,観光客相手なはずなのに,ものすごい無愛想だった。去年も一度一人で来たけど,そのときも(店員は別の人だと思うけど)まぁだいたい同じぐらいの低いテンション。先日は,代金をぼそぼそと言ったのみで後は全く無言無表情。商品ができたときは,あごでしゃくって,できたよ持ってけ,ふん,的な態度。注文してご迷惑でしたでしょうか,何かこちらに不手際でも?ううむ,これから食べるものをドサッとカウンターに放り置かれて,こちらの気分としては,まぁ,あまり良くはない。観光客が嫌いなのか日本人が嫌いなのか,それとも誰にでもああいう態度なのか。仕事したくないのかな。疲れてるのかな。彼女が幸せでありますように。

ガイドブックには,しばしば,美味しい店,と書いてある。だから,一応,有名店なのだ。薄切り肉がチーズと一緒にサンドされている。このサンドの仕方はどこでもやってるけれど,それがワイキキで食べられる店,ということで紹介されている。まぁ,たしかに,美味いことは美味い。

しかし,あの店のテンションはどうなんだろう。案の定,去年に行ったときも,今回行ったときも,客はほとんどいなかった。ガラガラだと言って良い。なんとなく寂れている。なんとなくうらぶれている。なんとなくすさんでいる。来る客はほぼ観光客なんだから,口コミによる評判は大きいんじゃないかなぁ。あるいは,このなんとなくすさんだオーラが,観光客を寄せ付けないのかもしれない。なんか,店員のぎすぎすとげとげした心が,店全体をネガティブに彩っているような,そんな気もする。

たとえ60店舗もある有名なチェーン店でも,あの店はちょっと行きたくないなと思えば,必然,足は遠のく。テディーズは,もう,3~4回はリピートしてる。他のオノチーズステーキは大丈夫なのかもしれないけれど,ワイキキ店は,たぶんもう二度と行かないと思う。しかしそれでも,店員のテンションの低さ(態度の悪さ)を知らない短期の観光客が,場所柄もあるし,名前もあるし,つい入店してしまうから,結果,商売は続けられるんだろうなぁ,きっと。

その点,マクドナルドやバーガーキングは世界規模のチェーン展開だから,店員の態度が悪くても平気なんだろうね。会社全体の売り上げにはまったく影響なし。マクドナルドは店員によりけりだけれど,バーガーキングの店員はみんな無愛想。ワイキキ中心のキングズビレッジにある店も,空港内にある店も,今のところ入ったバーガーキングはすべて,ことごとくやる気無し。仕事したくないのかな。疲れているのかな。彼女たちが幸せでありますように。

6/09/2014

移動遊園地

滞在56日目。6月9日(月)の午前5時。

昨日は日曜日だったので,少し遠出して,The Busに乗ってハワイ・スタジアムまで行ってきた。42番バスで,乗車時間はだいたい1時間強。そのハワイ・スタジアムの駐車場に,移動遊園地が来ているのだ。

移動遊園地。なんか外国(西洋)っぽい響き。

ハワイが50番目の州になったのにちなんだ50th State Fairという催しのようで,E.K.Fernandez Showsという移動遊園地が,5月23日から7月6日の間,基本的に週末(金・土・日)の夜にオープンしている。日曜日だけ昼の1時からやっているので,行ってきた。

移動遊園地だから,全部,その場で設営したものばかり。だから行く前は,さすがに大がかりなものはないだろうと高を括っていたけれど,なんのその,結構激しく回ったり振られたりするのがいくつもあった。普通の(移動式でない)遊園地にありそうなのが一通りそろっている感じ。恐れ入りました。逆バンジージャンプもあった。見ているだけで怖い。

アメリカは基本的に何かあったら自己責任,という考えなのか,とにかく,身長制限さえクリアすれば,小さい子どもだけで乗れたりする。日本だと,大人付き添いじゃなくちゃ駄目だったりするところもあるから,その辺はとにかくアバウトだ。身長だって,厳密にチェックしてる風には見えないし。適当である。

乗り物のチケット(coupon)を買って乗り物に載り,食べ物のチケット(scrip)を買って食べ物を買う。

乗り物は,子供用の簡単なやつがだいたい2 couponsで,激しさに合わせて3 coupons,4 couponsとなる。1 couponは1.5ドル。ただし,子供用とて,あなどってはいけない。日本に比べると,結構激しい。ウェットアンドワイルドのアトラクションもそうだったが,日本の安全第一な穏便設定からすると,こっちは安全基準ギリギリ設定なのだ。限界まで楽しめ,子ども達よ。

scripは1枚50セントで,ピザ一切れで6 scrips,チーズバーガーは7 scrips,フライドポテトは4 scrips。だから,日本の遊園地と同じぐらいか少し安いぐらい。良心的。

基本的に「夜の遊園地」なので,乗り物も,食べ物のワゴンも,みんな電飾で彩られている。きっと夜に来たら綺麗だろうなぁ。華やかなのは,各種景品がつり下げられた景品当てコーナーが多いからかもしれない。子どもにねだられたら困るのでよく見なかったけれど,鉄砲当てとかくじ引きとかかな。ローカルの客はみんな,景品のでかいぬいぐるみとかを抱えて帰って行く。

客はたぶんすべてローカルの人たちだった。日本人(観光客)はうち以外まったく一人も見かけず。だからたぶんほぼ全員,車で来園している。うちのように公共交通機関のバスで来る人帰る人は,いなかった。少なくとも家族連れでは,いなかった。でかい景品も,車なら持って帰れる。

帰りのバス停で,42番ではないCity Express Aというバスが来た。奥さんによる事前情報によれば,これでも帰れるということだったが,よく分からない。すると,同じくバスを待っていたおばちゃんが「あなたたち,どこまで?」と聞くので,「ワイキキまで」と答えると,じゃあ,これに乗ると速いよ,アラモアナセンターで乗り換えればワイキキまで行ける,と教えてくれた。ありがたい。帰りは30分強でアラモアナセンターまで着いた。

たぶん,そのおばちゃん,思うに,僕がチーズバーガーを買ったワゴンの店員さん。だったような気がする。Broken Englishで明らかにローカルっぽくない外国人(である僕)を覚えていてくれたか。親切なロコに感謝。

6/08/2014

フラ・カヒコ

滞在55日目。6月8日(日)の午前4時30分。

昨日,ロイヤルハワイアンセンターで夜にやっていたフラダンスのショーを見に行った。フラダンスには二種類ある。古典フラと現代フラ。昨日のショーは,古典フラ。

イメージとしてありがちなフラダンスは現代フラで,「アウアナ」という。ギターやウクレレの伴奏で,明るく軽いノリで,手をゆらゆら揺らしたりするあれ。一方,古典フラは「カヒコ」といって,でっかいヒョウタン(イプヘケ)を叩きながら節を付けて唱えるメレ(歌)に合わせて踊る。手はゆらゆらしない。全体的に直線的で力強い。

「アウアナ」の振り付けにも何かしら意味はあるんだろうけれど,基本的に自由に構成して良いみたいで,色んなところで見かける度に,(人によってグループによって)違う。パフォーマンスとして,各自がいろいろとアレンジできる。

一方,「カヒコ」は神様に捧げる宗教的儀式だそうで,振り付けに一つ一つ意味がある。歌詞に合わせているのだ。つまり,儀式として歌詞が決まっていて,それに対応して振り付けも決まっている。となると,振り付けの自由度は低いはずだから,一定の型が決まっていて,世代を通して伝承されているものと考えられる。

そう,型,である。

型には,長い年月を掛けて洗練されてきた身体操作の妙が濃密に詰まっている。「カヒコ」の重さと濃さは,宗教的儀式だからという理由もあるのかもしれないけれど,身体操作としての歴史的練度の深さから来ているような気がする。古来より,型として幾世代に渡って継承され,練り込まれてきた身体操作。

もちろん,「カヒコ」は「アウアナ」をやってきた上級者がやるような側面もあるので,そうなると当然,個人として練度の高い人が踊るフラだから,そう見えるのかもしれない。確かに,若い人のカヒコよりも,お年を召した人のカヒコの方が,格段に重くて濃くて深い。

しかし,若い人のカヒコでも,アウアナよりは全然,踊りとして重くて濃くて深い。だからやはり,この古流の型に含まれる身体操作の歴史的な練度が高いのだ。と勝手にそう思う。

6/07/2014

楊式

滞在54日目。6月7日(土)の午前4時20分。

スティーブに習っている伝統楊式太極拳を,帰国後にも続けたいと思ったりする。そう思って,GoogleやYouTubeで「(伝統)楊式太極拳」と検索してみる。いろいろ出てくるけれど,楊式規定套路,なんて出てくる。競技用の楊式太極拳なわけだ。制定の伝統拳。なんでこうして,何から何まで競技にしてしまうんだろう。

スティーブは,この太極拳はclassicalなやつだから,standardizedなのとちょっと違う,という。たしかに違う。特には,下半身の使い方が違う。だいたいYouTubeに出てくる楊式(Yang Style)は,幅広く前後に足を開いて体重を低く前に持ってきている。確かにその方が綺麗に見える。競技用だ。つまり見栄え重視。あるいはこれが制定(規定)なのだ,たぶん。

そういう競技や規定の形ではなく,本来の意味での「伝統」をやっているところもあるようだけれど,それもまたその師匠筋独自の「伝統楊式」なのだ。スティーブのとは違う。

つまり,このスティーブのやる太極拳をやっているのは,このスティーブ以外になく,日本にはない。おそらく,スティーブの太極拳に一番近いのは,スティーブの師匠だろう。つまり,これはスティーブの太極拳なのだ。この人が体現している太極拳が良ければ,この人に習うしかないのだ。

そう思うと,帰国後に,太極拳教室を探して習いに行くのは,あんまり気が進まなくなる。せっかくこれは良い術だと思って習っているその術が濁るような気がする。

とりあえず,スティーブに習っている太極拳のミソを持ち帰るれるように,日々,10式(8式)の中に練り込んでいる。

6/06/2014

ランチプレート

滞在53日目。6月6日(金)の午前4時。

昨日,骨付き豚肉にあれこれ詰めて煮込んだ(蒸した?)のがおかずになってるプレートを,ファーマーズマーケットで買ってきて食べた。美味い。なんていう名前の料理かは分からない。味付け(風味)はハワイ風な感じで独特だけど,しつこくない。中には,分かったところでは,味の染み込んださいころ状のパンとか干しぶどうとか,入ってた。もう一つは,前にも買った,カルア・ポーク。今回はプレートが小さかったので2種類購入。

レストランに入ると高いので,未だ外食はファストフード(ハンバーガー)ぐらい。朝昼は家で作って食べて,夜もまた作って食べるわけだが,夕食はときどきランチプレートを買ってくる。

で,このランチプレート(プレートランチ)ってのを検索してみたら,「ハワイでポピュラーな軽食スタイル」とある。ほほう,この食事の形式はここが本場なのね。なるほど。アメリカ本土でもこういうのは多いんだと思ってたら,ハワイによくある形式なんだ。とにかく,プレートで出す店が,そこかしこにある。店の外には椅子と机が並んでて,そこで食べていっても良いし,家に持ち帰って食べても良い。プレートは,店で食べようが持ち帰ろうが,どっちの場合でも発砲スチロール。ナイフやフォークやスプーンはプラスチックのものが店に置いてある。食べ終わったらゴミとして捨てる。

なお,「軽食」どころか,(店にもよるけれど)大人2人でも1プレートで余るぐらいのボリューム。うちはこれに2人小さいのが加わって,合計4人で1プレート(笑)。一杯のかけそば。なお,だいたい1プレート10ドル前後(8~14ドルぐらい)。

よく見かけるメニューは,BBQ(チキン,ビーフ),骨付きカルビ。あとは,ガーリックシュリンプ,ロコモコ(ハンバーグ),カルアポーク,マヒマヒとか。これにライスと,付け合わせとして典型的にはマカロニサラダが付く。オススメは,韓国系BBQプレート。付け合わせが凝っていて量も多い。キムチとかナムルとかいろいろそろっていて,数種類から選べたりする。

多国籍な州だから,とにかく,おかずの味は豊富だ。加えて,プレートは基本,ライス付き,というのがうれしい。パンではない。ライスなのである。もちろん,スーパーには各種パンが並んでいて,さすがアメリカはパン(サンドウィッチ)の国だと思うわけだけれど,こうして外食としてメジャーなランチプレートには必ずライス。

6/05/2014

続・気

滞在52日目。6月5日(木)の午前4時30分。

「気」は,生命エネルギーということになっているが,もう一つの形が,息である。息,つまり,呼吸,あるいは,吸気と呼気。おお,確かに,日本語でも「気」と言っているではないか。呼吸とは,気を吸ったり吐いたりしているのだ。だから,気は息でもある。

気というと,非物質的な概念だから捉えどころがないけれど,その点,息は具体的な身体感覚として,「今,息を吸っている。今,息を吐いている」ということが分かる。息を吸えば,気を吸った感じが具体的にあるわけで,息を吐くときもまた然り。

だから,太極拳や気功は,この呼吸の感覚を,気が身体に入ってきたり出ていったり,身体中を巡ったりするイメージに使う。例えば,息を吸うと同時に,手の平にある「労宮」という経穴や,足の裏にある「湧泉」という経穴から,天や地の気が入ってきて,逆に,吐くと同時に出ていく様子を視覚化する。

ところで,気を吸うというのは,空気を吸い込む(おお,空気も「気」だ!)ことだから,読んで字の如く,そのままだけれど,なぜ気を吐く,つまり空気を吐くことを呼気,つまり,気を呼ぶ,というんだろう。

と考えてみると,気を吐くというのは,気を吹くわけで,吹くというのは呼ぶ(何かを呼ぶ時には当然息を吐く,息を吹く)ということだから,呼ぶという動詞は,動作的に,吹くとか吐くとだいたい同じ意味だということなのかな。

つい,呼ぶ,というと呼び込むとか呼び戻すとか,こちらに引き寄せるニュアンスだから,まるで息を吸い込むようにも思えて,呼気ってどっちだっけ,吸うことだっけ吐くことだっけと迷うときがあるのだが,呼気という場合の「呼(ぶ)」は,だから,口から息を出す,つまり吹くとか吐くという意味合いなんだろうなぁ,たぶん。と勝手に納得。

6/04/2014

滞在51日目。6月4日(水)の午前5時。

「気」は,科学的には存在しない。しかし,説明概念としては非常に優れている。

科学的には存在を証明されていないけれども,それは単に観測する側の科学の限界,つまり測定の道具や方法の限界なのであって,実際には存在するが,存在が証明されないのは単純に未発見なだけだ,という立場はありうる。この人たちは,「気」が存在することを疑っていない。ここでは,実在派と呼ぼう。

また,科学によって存在が証明されるとかされないとかは全くどうでもよくて,存在するのだからその存在を単純に信じている,という立場もありうる。神様はいる,幽霊はいる,妖精はいる,宇宙人はいる,死後の世界はあるなどなど,対象概念に一片の疑問も挟まず,とにかく,いる(ある)ことを信じているかどうか,という次元の問題として,「気」を信じている人はいる。この人たちも,「気」が存在することを疑っていない。ここでは,信仰派と呼ぼう。

僕の立場(派)はどこ(何)なんだろう。

「気」は,科学的には存在しない。これから未来永劫,どんな観測装置が開発されようが,科学的な意味で,発見されることはないと思う。つまり,物理的にはやはり絶対に存在しない。だから実在派では決してない。

しかし,身体を操作したり意識したりするときに,この「気」という概念を用いて説明すると,用いない場合に比べて,身体を操作しやすかったり,適切な方向に動かしやすかったり,身体の各所を明瞭に意識しやすかったりする。これは揺るぎない。ならば信仰派か。

明瞭に意識しながら適切に身体を操作することが求められる種々の身体技法からすれば,この「気」という説明概念を上手く用いることが,身体を練る上で大いに助けとなる。「気」とはそういう道具であり,つまり,方便である。そう,あくまで方便なのだこれは。だから信仰派ではない。

科学的に存在するとは思っていないし,科学的な存在証明とは別次元で存在を信じているわけでもない。でも,使った方が便利だと考えている。こういうのを,実用派,実利派,功利派,というのだろうか。いずれにせよ,そんなところである。

6/03/2014

首の後ろを開く

滞在50日目。6月3日(火)の午前4時30分。

首根っこの後ろを開く。経絡 channel を開いて(通して)おくように。経絡とは,気が流れる経路(道)である。僧帽筋上部周辺を指して,スティーブは盛んにそこを開けと言う。経絡を開く(通す)というのは理論的な表現であって,実際はとにかく,首の後ろと肩の周辺を緩めて広げるように,というのが身体的な意味合いだ。

こうしようとすると,自然に肩が下がる。武術や瞑想・気功では一般的に,肩を落とす(下げる)ことが盛んに言われる。肩が上がること,肩に力が入ることを避ける。肩が上がっていると,武術的には,受けるとき捌くときや突くとき押すときなどに技が十分に効かないからであり,一方,瞑想や気功などでは,身体的にリラックスしていないからである。

肩が強ばって縮こまると,イメージとしてそこの経絡が詰まってしまうから,通しておこうとなれば,結果,僧帽筋を伸ばそうとする。そうすると,自然に肩が下がる。僧帽筋を伸ばしながら肩を上げることは不可能だ。

肩を下げろという直接的な指示表現が一般的に耳にするものであるところに,こうして首根っこと肩の辺りの経絡が通るように開いておけ,という指示表現は,発想の転換であり,身体を異なる複数の観点から眺めることができて,気持ちよい。

こうして首の後ろの気の通る道を開けておくと,頭と身体の連絡が良くなって,頭が冴える,記憶力が良くなる,とも言っていた(と,自分の師匠が言っていた,と言っていた)。

気を持ち出すのは理論的な表現であって,実際のところは,この辺りが強ばれば血流が悪くなって頭痛がしたりするわけで,何にせよ脳には良くない。その反対に,この辺りが緩んで血流が良ければ,脳に酸素が十分に行くわけで,何にせよ脳には良い。そういうことだ。たぶん。気というのは,優れた方便である。

6/02/2014

イワシとハト

滞在49日目。6月2日(月)の午前5時。

昨日は日曜日で,ホノルル駅伝&音楽フェス2014というのを,カピオラニ・パークとその海側のビーチ辺りでやっていた。ようである。というのも,見物には行っていないけれど,ビーチに音が流れてきていたので,どうやらやっていたようである。

駅伝自体は,カピオラニ・パークがスタート&ゴールで,ダイアモンドヘッドの海側を走って戻ってくるコース。今年で2回目のイベントのようなので,今後も続くことを願う。

そうして音楽が漏れ流れるビーチで,昨日はシュノーケリングをしてみた。ウォルマートで一番安いシュノーケルセットを買ってきて,浅瀬の海面を漂ってみた。いつも行くビーチはクヒオビーチというところで,ここは小魚が大群で泳いでいるから,それを海面下で見てみようと思ってのこと。

なお,泳いでいるのは,たぶん,イワシか何か。グアムやパラオのビーチにいるような,トロピカルな色した魚が何種類も泳いでいる様子を期待してはいけない。大きいのと小さいとのいるから,それはそのイワシか何かの親と子なのか,それとも2種類別々の魚なのかはは,よく分からない。大きい方のやつはとにかく大群で,魚影が濃い。

日本なんかでもときどき公園でハトに餌をやるおじさんとかおばさんがいるけれど,ここクヒオビーチでも夕方に,イワシに餌をやりにくるおじさんがいる。パン一斤を片手に,つまんで引きちぎっては,撒いている。当然イワシは寄ってくる。そしてイワシが周りを回遊して渦になっているその渦の真ん中で,腰まで浸かりながらちょっと得意げな笑顔を浮かべるおじさん。

ハトで思い出したが,ワイキキの高級ホテル街の谷間に一軒,たぶん普通の民家があって,そこがハトの巣というか,居留地というか,休憩所というか,集会所というか,とにかくものすごい数のハト(こちらは主に白ハト)が屋根や庭などいたるところに所狭しといる,そんな家がある。いつ前を通っても,大量にいる。何のひねりもないけれど,うちはこれを「ハト屋敷」と呼んでいる。

と思って検索してみたらやっぱり他の人もみんな「ハト屋敷」と呼んでいた。

有名みたい。そりゃ有名だろうね,これ。ここだけ異空間・異世界で,まさに異様なオーラを発しているからなぁ。当の家主は構わないかもしれないけれど,視界に入る隣のホテルやコンドミニアムの住人は良い迷惑だろうなと,前を通る度に思う。もう見慣れたけど,最初はぎょっとした。

ワイキキの喧噪の中,連れ合いに先立たれ,独り身で寂しい思いをしていたところ,最初はなんとなくハトに餌やって,寄ってくるのが嬉しかったのが始まりで,それがだんだん嵩じて,とうとう今ではこうなってしまったのかなと,ハト屋敷の主の半生を勝手に想像する。勝手である。

6/01/2014

日差し

滞在48日目。6月1日(日)の午前4時。

6月になった。4月の半ばに来たので,3つ目の月。日本はこのところ真夏日のようで,6月ともなれば梅雨だから,かなり蒸し暑くなっているんだろうな。

こっちは,日差しは強いので日向は暑いけれども,汗だくになるような暑さではない。まず,湿度が低い。しかし,その日差しは半端ではないので,日焼けと熱中症には注意しなくてはいけない。

と思うのだが,さすがローカルの人たちは,そんなのはまったく平気。というかたぶん無視。日焼け止めとか塗ったり,帽子を被ったり,とかそんなの一切してない。おそらく。

ただ,ポリネシア系やアジア系のローカルは色黒になるだけであんまり問題ないけど,白人系のローカルのお肌はボロボロカサカサ。もちろん,ちゃんと対策している人は大丈夫だが,そうでないともう大変なことになってる。

まぁ,それでも,ときどき,そりゃ日焼けしすぎだろ,皮膚がんになるぞ,というアジア系のおじさん(おじいさん)がいたりする。茶色とか焦げ茶色を越して,なんか皮膚が炭素化してるみたいに黒焦げのおじさん。黒人の黒とはまた違う,炭色の人。BBQな人。こういう人は,日焼け止めとか全く塗らずに海やプールで長時間日光浴してたりする。その潔さに脱帽。